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超高真空における試料の固定方法

試料とそのアニール温度で使用できる材料を選ぶ

超高真空(UHV)で清浄表面を作製する場合、ほとんどの場合は試料をアニールする方法が採られます。このアニールの温度は材料によってさまざまであり、1000℃を超えることもあります。

このような高温処理を行う際、真空装置のベースの真空度が非常にクリティカルな要素となってくる場合があります。たとえば、Si(001)面の場合、1000℃を超える温度でも$1.0\times10^-8$ Paという高い真空度を維持しておかなければなりません。

真空度を適切に維持するためには、試料と試料を搬送するための部品(試料ホルダ)のサイズをできるだけ小さくする必要があります。しかし、試料が小さすぎると測定や試料固定にさまざまな制限が生じてきます。

一方、試料が大きいと、それに伴って試料ホルダも大きくなり、アニール時の放出ガスが多くなることで真空度を維持できなくなる問題が発生します。このような理由から、一般的にはある程度の試料の大きさで試料を固定することになります。

実際の実験では、例えば、2mm×10mmあるいは10mm×10mmといったサイズの試料を金属などの板で押さえ、その金属板をネジで固定します。このとき、試料を押さえる板やネジの材料選択が非常に重要となります。なぜなら、測定試料と板の材料が化学変化を起こし、試料表面が汚染されるからです。

要約すると、

  • UHVでは真空度の悪化とホルダ材料からの試料の汚染を避けなければならない
  • そのためには、試料と試料ホルダを小さくする
  • 試料表面を汚染させない材料を選ぶ
    必要があります。

結論を先に述べますと(経験的には)

  • (当たり前ですが)試料とそのアニール温度で使用できる材料を選ぶ
  • Si試料はMo板で押さえるが、Mo板を固定するネジはSUS製でもいける
  • Mo板の代わりにTi板でもいけた

各材料の特性

以下では、材料特性について見ていきます。

モリブデン(Mo)

モリブデン(Mo)製は、超高真空(Ultra High Vacuum, UHV)環境で広く使用されてきました。Si基板のホルダにも使われてきました。

  • 低い蒸気圧(UHV適性)
    モリブデンの蒸気圧は非常に低く($10^{-12}$ Torr以下@1200℃)、UHV環境での蒸発・ガス放出がほとんどありません。そのため、Si表面の汚染源になりにくいとされています。

  • 高い融点と耐熱性
    融点が約2623℃と高く、1000~1200℃のSi基板加熱でも十分な耐熱性があります。

  • Siとの化学反応性が比較的低い
    低温ではSiとの化学反応はほぼありません。高温(1000℃以上)ではSiとMoの反応が始まるといわれていますが、フラッシングのような短時間の加熱なら問題にならないでしょう。

  • Moネジのサイズが大きい?
    Mo製のネジサイズを検索すると、最小サイズがM2とかM3になっています。この場合、ネジ頭のサイズがそれぞれ4mmと6mm程度になります。設計上問題ないならば、利用できるでしょう。


タングステン(W)

タングステン(W)は、UHV環境での利用において、Moと並んで非常に優れた特性を示します。超高温での安定性に加え、低い蒸気圧や化学的安定性から、Si基板のホルダ材料としても利用されてきました。

  • 非常に低い蒸気圧(UHV適性)
    Wの蒸気圧は極めて低く、たとえば1500~2000℃程度の高温でも、UHV環境における蒸発量はごくわずかです。高温下でもほとんどガス放出がなく、Si表面を汚染しにくいとされています。

  • 世界最高水準の融点と高い耐熱性
    融点が約3422℃と金属中で最も高く、1000~1200℃程度のSi基板の加熱では十分すぎる耐熱性を備えています。高温下でも機械的安定性が高く、変形や劣化が起こりにくい点が大きな特徴です。

  • Siとの反応性について
    比較的高温領域(1000℃以上)では、Siとの反応(タングステン・シリサイドの形成)が報告されています。しかし、短時間のフラッシングなどであれば、Moと同様、実用上は大きな問題にならないケースが多いとされています。

  • 機械加工が難しくコストが高い
    タングステンは非常に硬く、かつ脆さを併せ持つため、モリブデン以上に加工が難しい金属です。特殊な工具や加工技術が必要となり、製作コストやリードタイムが長くなる場合があります。また、ネジなど小さな部品を製作できる業者は限られています。


タンタル(Ta)

タンタル(Ta)は、MoやWと同様に高融点かつ低い蒸気圧を持ち、超高真空(UHV)環境での使用が検討される材料の一つです。金属中でも比較的加工が容易な部類に入り、高温でも安定であることから、高温環境での治具やヒーター電極などに利用されるケースがあります。

  • 非常に高い融点(約3017℃)と耐熱性
    タンタルはMo(約2623℃)やW(約3422℃)と同様に融点が高く、1000~1500℃程度の通常のSi基板加熱では、十分な耐熱性を示します。長時間高温をかける場合も、変形や劣化が起こりにくいのが特長です。

  • 低い蒸気圧(UHV適性)
    高温下での蒸気圧が非常に低いため、UHV環境で使用してもガス放出・蒸発のリスクが小さく、Si表面に対する汚染源になりにくいとされています。

  • Siとの化学反応性
    高温(1000℃以上)になると、タンタルシリサイド(TaSi₂など)の形成が報告されています。MoやWと同様、短時間・部分加熱であれば大きな問題にならないことが多いと考えられますが、長時間・高温条件下ではSiとの反応を考慮する必要があります。


SUS(ステンレス)

  • 機械加工が容易でコストが安い
    TiやMoに比べても、さらに加工しやすいです。入手性が良く、安価に製作できるため、研究や試作で頻繁に使用されます。

  • 機械的強度が高い
    MoやWよりも強度があり、構造体としてしっかりしています。

  • 耐食性が高い
    酸化膜(Cr₂O₃)が自然に形成されるため、酸化による変化が少ないです。高温での酸化剥離が比較的起こりにくく(経験上、1200℃で酸素雰囲気$10^{-6}$ Torrで加熱したときはネジが壊れました)、比較的安定しています。

  • 耐熱性がある程度高い
    ステンレスの種類によりますが、SUS304やSUS316は800℃程度まで耐えられます。Siの清浄表面を作るための1000℃以上の加熱には厳しいですが、フラッシングのような短時間なら問題ないのではないでしょうか。しかも押さえネジの部分はさらに温度が低いので、再構成表面を得るための温度帯域での利用でも問題ない(あくまでも経験上)と考えられます。

  • (懸念点)高温加熱時のガス放出
    一般的には、ステンレス内部に吸蔵した水素や炭素、不純物(Mn, Si, P, Sなど)を放出する可能性があるといわれています(→Si表面への汚染リスク)。

  • (おそらく)どこの製品かでクオリティが変わりますし、SUSの種類でも変わります(SUS316Lが良いと聞いたことがありますが、私は確認したことがありません)。


チタン(Ti)

  • 機械加工が容易でコストも比較的安い
    モリブデンやタングステンに比べ、加工精度を出しやすいです。軽量なので、装置の共振周波数を高くしたいときに利用できます。

  • 耐食性が高く、酸化物の剥離が少ない
    TiO₂(酸化チタン)は非常に安定で、剥離しにくいため、汚染リスクが低いです。UHVチャンバー内での酸化による汚染が少ない点はメリットになります。

  • 高融点(約1668℃)
    高温環境でもある程度使用可能です(ただし、MoやWよりは低いため、1200℃程度までの加熱には十分耐えられるでしょう)。

  • (懸念点)高温でのSiとの反応性
    1000℃以上でSiと化学反応を起こし、Ti-Si化合物が形成されます。MoやWに比べるとSiとの反応性が高いです。

  • (懸念点)TiO₂は安定しているものの、高温(800℃以上)では酸素を放出する可能性があります。MoやWのような金属と違い、UHV環境では注意が必要です。


(番外編)白金(Pt)

圧倒的に安心できるのが、白金(Pt)かと思います。ただ、Ptネジは一般的には市販されていません(特注で利用しているというのは聞いたことがあります)。

Ptは比較的柔らかく、展延性に優れるため、ネジのような細かい加工は可能です。また、化学的に非常に安定で、酸化や腐食に強いため、特殊な用途でのネジには適しています。しかしながら、白金は非常に高価なため、一般的な用途ではコスト面で非現実的です。

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